メールマガジン・会報

稲門法曹会メールマガジン 第63号 No.2018-1

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   稲門法曹会メールマガジン No.2018-1
                   2018/1/10 第63号

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┏━ Index ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
┃● 今こそ進取の精神!~外立憲治弁護士インタビュー~
┃○ 修習生だより
┃● 学修支援業務受任者(アカデミック・アドバイザーおよびJDメンター)募集のご案内
┃○ [講座のご案内]内田 貴 先生による民法(債権法)改正と立法過程について
┗━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━



◆────────────────────────────────────◆
    いまこそ進取の精神!~外立憲治弁護士インタビュー~
◆────────────────────────────────────◆

                        弁護士:福島健史(早稲田リーガルコモンズ法律事務所)
                        早稲田大学大学院法務研究科生:
                                2年  伊藤海晴  鈴木麻里奈  千葉宥太
                                1年  大倉由莉

  第2編 弁護士としての仕事

  1 海外事務所での仕事

    ワシントン州立大学のロースクールに留学して1年2~3ヶ月経ち、修士(L.LM)
  を取得した後、ニューヨークのコロンビア大学に留学した。
    コロンビア大学ロースクールでは、銀行法、証券法専門のドクターの学位を取
  得しようと考えたのだ。

    ニューヨーク生活が1年過ぎたところで、やはり経済的なこともあり、恩師で
  あるコロンビア大学の超有名教授のゲルフォーン先生に相談をした。
    そうしたら、君が将来学者になるのではなく、日本で法律事務所を開きたいと
  いう展望を持っているのであれば、ウォール街で実務経験を積むべきだ、それな
  りの給料がもらえるだろうし、それは日本に帰国したら、すぐ役立つ筈だ、とい
  うアドバイスをもらった。
    納得してウォール街で就職し、出来る限り多様且つ深く実務経験を積もうと決
  意した。

    先生が直接電話してくれた推薦で、サリヴァン・クロムウェル法律事務所のシ
  ニアパートナー、ジャック・R・スティーブンソン先生をご紹介頂いた。
    ゲルフォーン先生の教え子で、ずば抜けて優秀な学生でもあったとのこと。

    一生の恩師となるスティーブンソン先生の下、念願のウォール街の法律事務所
  で、翌年の正月から働くことができるようになった。
    ハーレムに近い住居のコロンビア大学の既婚者用ドミトリーから、パークアヴェ
  ニュー87丁目のコンドミニアム11階に移って、新しい生活が始まった。
    スティーブンソン先生は、国際海洋法の権威であり、国連大使でもあり、且つエ
  クソン等の大企業の顧問弁護士でもあった。
    クライアントからは「アンバサダー」と呼ばれていた。

    私は、重要な会議にカバン持ちとして、常に同行することを通じ、法律事務所経
  営の在り方や、証券会社の業務内容、米国で日本の銀行がどういうことをしている
  のか、などを学ぶことが出来、とにかく先生についてまわり、学術的な事のみなら
  ず、実務家としての実力・判断力をつけるために、常に肌身で感じたことを吸収す
  るようにしていった。

    学問とは異なった実務上の知識は、身体で学び取る気持ちを持つ以外になかった。
    証券の新規募集発行などで、夜な夜な仕事をし、アパートに戻らず、朝は印刷会
  社のシャワー室で着替えて、パリッとしてお客様に会いに事務所に出る、という忙
  しくも充実した生活を、サリヴァン・クロムウェル法律事務所で約9ヶ月間過ごした。

    20数年を経て、テキサス州のダラス市で訴訟事件を扱った時、先生が引退し、テ
  キサス州のフォートワース市に住んでおられることを知り、タクシーを飛ばし先生
  に御挨拶に伺った。

    フランクロイドライト設計のご自宅の庭には、花が咲き乱れ、壁にはクールベや
  モネ、ルノアール等の絵がかかっていた。
    お昼を御馳走になりながら、日本に帰国後、無事私の事務所が健全に発展してい
  ることをご報告することができ、大変喜んでもらった。
    固く握手をして、来た車でダラス市に戻ったが、それが先生との最後の別れとなっ
  た。先生のお姿の写真は、このわたしの会議室の壁に飾ってあるものです。

    他方で、このサリヴァン・クロムウェル事務所で勤務していた時、ニューヨーク
  の日本の銀行の支店にいた人が、この法律事務所で日本人弁護士が働いていると聞
  きつけ、それをきっかけに、その銀行の要請で、法律事務所とその銀行との会議に
  顔を出すことになった。

    そのうち会議に参加するに留まらず、その銀行の方が付き合っていた、同世代の
  仲間に入れられ、夜の宴会や、定期的に夕食をしながら、当時評判の経済実務の原
  書を読む勉強会などにも誘われたりして、勉強とお酒を通じて、自然のうちに心を
  許せる人間関係を築き、夫婦同士も知り合いになり、それが一生の付き合いとなっ
  た。

    ちなみにその邦銀支店の彼は、早大マンでもあった。そして彼らの帰国より数年
  遅く帰国した私が、自分の事務所を創立した時には、既に一緒に仕事をした中なの
  で皆が信頼して仕事を任せてくれたのだった。

    サリヴァン・クロムウェル事務所で働いた後、ウォールストリートから移り、パー
  クアヴェニューにあるデバボイス・プリンプトン・ライオンズ・ゲイツ法律事務所
  に勤務することが出来るようになり、或る日本の大商社の多様な法律業務等を中心
  に仕事をした。

    更にこのデバボイス事務所は、機関投資家(保険会社等)の依頼人が多く、投資
  家側からの投資契約等を分析・検討する実務経験を得ることが出来た。
    更にその後6ヶ月程ケリー・ドライ・ウォーレン法律事務所に勤務し、保険、銀
  行業務、そしてリース取引や自動車産業に関わる法律実務に従事することができた。

    ニューヨークで3つの法律事務所で働くという貴重な経験を積んだ頃には、アッ
  という間に渡米後4年程が過ぎていった。

    1977年7月に幸せなことに、女の子をニューヨークのルーズヴェルト病院で授かっ
  た。
    サリヴァン・クロムウェル法律事務所のシニアパートナーで、私共夫婦を自分た
  ちの家族のようにイースターやサンクスギビング、クリスマスディナーに、ロング
  アイランドのご自宅に、招いてくれたマクドーウェル氏の奥様の名前“フランセス”
  を頂き、娘に“ミチコ・フランセス”と名付けた。
    彼女は米国パスポートを保有することになった。

    子供ができたことをきっかけに、妻は日本に帰国することとし、私は、単身で渡
  英することとした。

    ニューヨークで様々な実務経験を積んだものの、まだまだ世界の法律実務の勉強
  が足りないと感じていた。
    特に当時はロンドンシティを中心に行なわれていた、巨額なシンジケートローン
  や、プロジェクト・ファイナンス等を学びたいと強く思うようになり、ロンドンの
  法律家としての生活や文化にも憧れ、ロンドンに行き、働きたいと思った。
    ロンドンでそのような業務で著名だったカワード・チャンス法律事務所に勤める
  ことを決意した。

    ロンドンでは、シティの国際金融取引業務を中心に、ヨーロッパの法律業務を勉
  強すると共に、ニューヨークの友人たちが紹介してくれた、日本の銀行や証券会社
  のロンドン支店の仕事も手伝うことになった。
    そしてロンドン支店に勤務する銀行・証券・商社・TV局等の人々とのお付き合い
  が広がっていった。

    米国と英国での留学期間が5年を超え、海外で様々な実務経験を積み、これ以上
  海外で学ぶことはない、とクリスマス休暇直前に突然思い、もう日本で自分の事務
  所を立ち上げなくては、という気持ちが強くなった。
    もう30歳にもなり、海外でフラフラしていてはいけない、もう同期の弁護士達は、
  立派に成長して、バリバリ活躍しているだろう、相当差がついてしまったと思うよ
  うになった。

    そうしたら居ても立ってもいられなくなり、カワード・チャンスに許可を得て、
  急遽帰国することとした。
    クリスマスイブにロンドンのヒースロー空港から羽田行の飛行機は、あまり混ん
  でいなかった。
    日本での未来を考えると、興奮していたのかよく眠れず、その時空港で買ったジェ
  フリー・アーチャーの小説を一冊読み切ってしまったのを思い出す。

    5年振りに羽田に降りた時、英米の住居に慣れた私の目には、正直、日本は家々が
  小さくて貧しいなぁと思った。
    道路は狭く、街並みが汚いし、日本で最初の夜、父所有の伝統的な古い日本家屋で、
  畳に蒲団を敷いて寝たが、枕から見る木の板の天井、廊下、紙の障子や襖がとても貧
  弱で、みすぼらしく見えて仕方なかった・・・。
    この自分の国、貧しい国に帰ってきたのだと。


  2 帰国後の仕事

    1978年末に日本に帰国し、国内の法律事務所に籍を置きながら少しずつ日本の実務
  を学び直した後、1980年、外立法律事務所を虎ノ門に設立した。
    日本に帰って最初に困ったことは、海外では日本人との関わりを避け、外国人と意
  識的に関わるようにしていたので、社会人としての日本語が不得手だったことだ。
    なにせ国鉄の千葉駅から有楽町までの切符が買えない位に外国生活ボケしていた。
    しかし、それは徐々になんとか対応できていった。

    帰国して2~3年で、ジャンボジェット航空機のリースをやりたいから契約書を見て
  ほしい、と日本で最初のレヴァレッジ・リース取引の契約書作成の依頼があった。
    相手側から届いた契約書は、レッシ―サイドの権利ばかり規定したワンサイドの、
  数ページの薄い契約内容だった。
    期せずして、このリースという金融分野は、自分がN.Yでやってきたことだったので、
  その経験を活かし、N.Yから持ち帰った契約書を基に、リース会社側の権利も入念に取
  り込んだ40ページにわたる契約書を、3~4日間で作り上げた。

    当時は海外のフラッグシップキャリアと日本のリース会社とでは、格に差があり、
  日本のリース会社の地位は低く、かなり不利な契約でもノーと言えない状況であった。

    しかし私は世界レベルではこうだと依頼人を説得し、相手方所在のシドニーに、日
  本のリース会社の担当役員と飛んで行き、航空会社側のオーストラリア人の弁護士た
  ちに、私のドラフトした契約書を提示した。
    シドニーの弁護士たちは最初、自分たちのドラフトが排除されたことで、かなり感
  情を害したのか、顔を真っ赤にして怒っていたが、私が「一生懸命我々が用意したも
  のを、少なくとも読むのがプロフェッショナル同士のマナーではないのか。」と述べ
  たところ、「それでは、2時間程待ってくれ。」と言われ、我々が会議室でボーッと
  しているうちに、不眠不休で準備した40ページもの契約書を読んでくれた。

    相手方弁護士が読み終えて会議室に戻ってきて、開口一番「とてもフェアな契約書
  だ。これをベースにディスカッションしよう」と言ってくれ、我々のドラフトで契約
  交渉を進めることになった。
    相手の弁護士達は、一流のシドニーの弁護士で、私の用意した契約が、ニューヨー
  クのスタンダードだということが分かったのだ。

    これが、その後の航空機リース業界で広く利用されることになる、日本で最初のリー
  ス契約書のひな型と言えるものになった。
    その頃に契約書のひな型に、ビジネスパテントのコンセプトでもあれば、私はとても
  リッチになったのになぁと思う。
    この取引の仕組みは、その後、航空機以外の物件にも利用され、タックス・レヴェ
  レッジ・リース、いわゆる“かご抜けリース”と言われたものである。

    この案件がきっかけとなり、多くの航空会社やリース会社から、続々と仕事の依頼
  や相談がきて、当時はこの案件で世界中を駆け回った。
    そして今の事務所の基礎を築くことができたのだと思う。

    また、帰国後の1979年、突然イラン革命が勃発し、日本との情勢が悪くなり、日本
  の様々な銀行や進出企業の資産が、イラン国内で没収又は凍結されるという出来事が
  あった。

    銀行のトップからの要請に応え、パニックの中でなんとか対抗策を練り、日本の銀
  行がイランの資産を逆に日本で差し押さえる手法を生み出し、日本企業の財産の保全
  対策をしてもらい、危機を切り抜けたということもあった。

    ともかく30代も40代も、ずっと国際弁護士として、ダイナミックな行動を、或いは
  仕事人間、仕事中毒といった生活をしていた。
    このほかにも、某有名テレビゲーム会社の米国企業からの買収の手助けをし、その
  後日本初のMBOをやり、その会社の株式の上場を助けたりして、その会社を発展させ、
  且つそのグループ会社が情報産業として世界レベルになるための、先駆けのM&Aのお手
  伝いもしてきた。


  (2月号に続く)



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    修習生だより
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                                               第71期司法修習生   美濃部  達也


    初めまして、71期司法修習生の美濃部達也と申します。

    私は、12月の初めから一か月間、和光の司法研修所で導入修習があり、先日、
  無事終了しました。

    この導入修習は、実務修習の前に、自分自身の不足している部分に気付き、自
  学自習をすることにより、より充実した実務修習を送れるようにすることが目的
  でした。

    事実、1か月という期間でしたが、とても多くのことを学んだように思います。


    まずは、実体法や手続法といった、実務家にとっての基礎体力部分の不足です。

    導入修習の序盤に行われた即日起案を始め、様々なカリキュラムをこなしてい
  く中で、実務家にとっては当たり前に備わっていることを前提として講義も進ん
  でいきました。

    私は、特に当事者の主張分析の部分で要件事実に沿った主張整理が必要である
  にもかかわらず、実体法の知識が不十分であったために要件事実の整理が甘く、
  悔しい思いをしたことが一番印象的でした。

    実務修習の際には、絶対にこのような失敗をしないよう友人と修習時間が終わっ
  てから基本書等を片手に勉強を進め、司法試験の受験の頃よりも意識的に勉強す
  ることが出来るようになってきたなと感じました。


    次に、事実認定の重要性と難しさです。

    司法試験の際にも事実が大事と言われてきましたが、導入修習では、司法試験
  のようにあらかじめ事実が整っていることはなく、多くの証拠からこの事件はど
  のような事件であったのかを認定しなければならないという意味で、全く新しい
  視点で学ぶことが出来ました。

    当然、過去の一時点を未来からその時に残されていた証拠から判断しなければ
  ならないというのは、限界がありますし、出来る限り証拠と矛盾しない全体像を
  把握しなければならないため、多くの生の証拠を一つ一つ見ていくことはとても
  楽しく、とてもワクワクすると同時に、大変な作業だということを学びました。


    更に、言語化の重要性も改めて感じました。

    これは、事実認定にも関わるものですが、その事実が認められることで、どの
  ように証明しようとしているものにつながるのかということを述べる際に、経験
  則を用いると習い、なんとなくわかったように思っていましたが、実際に事案に
  向き合うと、この事実がなぜつながるのかということを言語化することはとても
  難しく、起案の中でも演習の各場面でもとても苦悩しました。

    途中、教官がインフルエンザにかかってしまい一時はどうなるのかと思うこと
  もありましたが、とても充実した導入修習を送ることが出来ました。

    私は、福岡修習なのですが、初めて行く地で色々な人に会い、様々な出来事を
  経験することが出来ると考えると今からとても楽しみです。

    充実した修習を送れるよう、日々楽しんで頑張りたいと思います。
                                                                      以上



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    学修支援業務受任者(アカデミック・アドバイザーおよびJDメンター)
    募集のご案内
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                                                    早稲田大学大学院法務研究科


    このたび、大学院法務研究科では、本研究科在学生および修了生に対する
  学修支援体制を強化するため、「アカデミック・アドバイザー」および「J
  Dメンター」を募集することとなりましたので、ご案内いたします。

    希望される方は、本学オンラインストレージ(下記URL)に掲載の文書「募
  集要項」をご参照のうえ、ぜひ積極的にご応募ください。
    なお応募に際しては、同オンラインストレージに掲載のフォーマット「履
  歴書書式」をダウンロードのうえご使用ください。

  ※募集要項および履歴書書式については、下記URLよりダウンロードしてくだ
   さい。
    https://waseda.box.com/s/qyfs19ao0lrgi0jtj393om9tg419d2l1

  【応募資格】早稲田大学大学院法務研究科修了生で、法曹資格を有する方
  【応募期限】2017年1月15日(月)※当日消印有効
  【問い合わせ先】大学院法務研究科事務所
          TEL:03-3208-9592 FAX:03-5286-1720
          E-mail:law-school-gakumu@list.waseda.jp



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    [講座のご案内]内田 貴 先生による民法(債権法)改正と立法過程について
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    こんにちはWASEDA NEO事務局です。WASEDA NEOでは日本橋キャンパス(COREDO
  日本橋5階)にて社会人向けの講座・プログラムを運営しています。

    この度2017年5月に成立した、120年ぶりの改正となる民法(債権法)改正法の
  成立に中心的な役割を果たされた内田貴先生(東京大学名誉教授・早稲田大学特
  命教授)に、その立法過程及びプロセスの背景を考察すべく全四回の講座を実施
  頂きます。

    民法改正法の背景を伺えるまたとない機会ですので奮ってご参加ください!

  ■タイトル
    民法(債権法)改正と立法過程~法案作成の背景~

  ■コーディネーター
    内田 貴 先生(東京大学名誉教授・早稲田大学特命教授)

  ■URL(お申込み)
    https://wasedaneo.jp/waseda/asp-webapp/web/WWebKozaShosaiNyuryoku.do?kozaId=103151

  ■スケジュール
    第1回 2018年1月23日(火)18:30~20:00 「改正の思想」
    第2回 2018年2月13日(火)18:30~20:00 「自由と規制」
    第3回 2018年3月 6日(火)18:30~20:00 「既成観念と改革」
    第4回 2018年3月27日(火)18:30~20:00 「法制審議会と法制執務」
    ※全4回1セットの講座となります(各回の講座を個別に受講する事はできません)

  ■料金
    20,000円(税抜)/人
    ※計4回分の合計金額となります

  ■開催場所
    WASEDA NEO(早稲田大学 日本橋キャンパス)
    〒103-0027
    東京都中央区日本橋1-4-1
    日本橋1丁目三井ビルディング5F(COREDO日本橋)


  ●WASEDA NEO事務局●
    [mail]info-neo@list.waseda.jp
    [TEL]03-6262-7534
    [URL]http://wasedaneo.jp



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  ご支援・ご協力のお願い
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  本学の伝統を受け継ぎ、進取の精神をもって法のもとに正義を貫く志の高い優
 秀な稲門法曹を一人でも多く育成することを念願し、法科大学院の学生のための
 奨学金として「稲門法曹奨学金」を創設し、これまで支援を行ってまいりました。

  法曹として第一線で活躍されている校友および関係者に募金を呼びかけ、これ
 まで多額の浄財が寄せられております。稲門法曹の皆様の熱意に厚く御礼申し上
 げるとともに、引き続きご支援賜りますよう、よろしくお願い申し上げます。

 ・稲門法曹奨学金へのご支援のお申込:こちらをご参照ください。
        http://www.waseda.jp/folaw/gwls/alumini/support/




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【発行】稲門法曹会
  〒169-8050 東京都新宿区西早稲田1-6-1 法務教育研究センター内
         Tel:03-3208-9592 e-mail: tohmon-jimu@list.waseda.jp
      URL: http://www.waseda-legal-alumni.jp/
 ※配信停止をご希望の方は、タイトルに「配信停止」、本文に「氏名」を記載の
  うえ、legal-alumni@list.waseda.jp までお送りください。
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                   2018/1/10 第63号

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                        弁護士:福島健史(早稲田リーガルコモンズ法律事務所)
                        早稲田大学大学院法務研究科生:
                                2年  伊藤海晴  鈴木麻里奈  千葉宥太
                                1年  大倉由莉

  第2編 弁護士としての仕事

  1 海外事務所での仕事

    ワシントン州立大学のロースクールに留学して1年2~3ヶ月経ち、修士(L.LM)
  を取得した後、ニューヨークのコロンビア大学に留学した。
    コロンビア大学ロースクールでは、銀行法、証券法専門のドクターの学位を取
  得しようと考えたのだ。

    ニューヨーク生活が1年過ぎたところで、やはり経済的なこともあり、恩師で
  あるコロンビア大学の超有名教授のゲルフォーン先生に相談をした。
    そうしたら、君が将来学者になるのではなく、日本で法律事務所を開きたいと
  いう展望を持っているのであれば、ウォール街で実務経験を積むべきだ、それな
  りの給料がもらえるだろうし、それは日本に帰国したら、すぐ役立つ筈だ、とい
  うアドバイスをもらった。
    納得してウォール街で就職し、出来る限り多様且つ深く実務経験を積もうと決
  意した。

    先生が直接電話してくれた推薦で、サリヴァン・クロムウェル法律事務所のシ
  ニアパートナー、ジャック・R・スティーブンソン先生をご紹介頂いた。
    ゲルフォーン先生の教え子で、ずば抜けて優秀な学生でもあったとのこと。

    一生の恩師となるスティーブンソン先生の下、念願のウォール街の法律事務所
  で、翌年の正月から働くことができるようになった。
    ハーレムに近い住居のコロンビア大学の既婚者用ドミトリーから、パークアヴェ
  ニュー87丁目のコンドミニアム11階に移って、新しい生活が始まった。
    スティーブンソン先生は、国際海洋法の権威であり、国連大使でもあり、且つエ
  クソン等の大企業の顧問弁護士でもあった。
    クライアントからは「アンバサダー」と呼ばれていた。

    私は、重要な会議にカバン持ちとして、常に同行することを通じ、法律事務所経
  営の在り方や、証券会社の業務内容、米国で日本の銀行がどういうことをしている
  のか、などを学ぶことが出来、とにかく先生についてまわり、学術的な事のみなら
  ず、実務家としての実力・判断力をつけるために、常に肌身で感じたことを吸収す
  るようにしていった。

    学問とは異なった実務上の知識は、身体で学び取る気持ちを持つ以外になかった。
    証券の新規募集発行などで、夜な夜な仕事をし、アパートに戻らず、朝は印刷会
  社のシャワー室で着替えて、パリッとしてお客様に会いに事務所に出る、という忙
  しくも充実した生活を、サリヴァン・クロムウェル法律事務所で約9ヶ月間過ごした。

    20数年を経て、テキサス州のダラス市で訴訟事件を扱った時、先生が引退し、テ
  キサス州のフォートワース市に住んでおられることを知り、タクシーを飛ばし先生
  に御挨拶に伺った。

    フランクロイドライト設計のご自宅の庭には、花が咲き乱れ、壁にはクールベや
  モネ、ルノアール等の絵がかかっていた。
    お昼を御馳走になりながら、日本に帰国後、無事私の事務所が健全に発展してい
  ることをご報告することができ、大変喜んでもらった。
    固く握手をして、来た車でダラス市に戻ったが、それが先生との最後の別れとなっ
  た。先生のお姿の写真は、このわたしの会議室の壁に飾ってあるものです。

    他方で、このサリヴァン・クロムウェル事務所で勤務していた時、ニューヨーク
  の日本の銀行の支店にいた人が、この法律事務所で日本人弁護士が働いていると聞
  きつけ、それをきっかけに、その銀行の要請で、法律事務所とその銀行との会議に
  顔を出すことになった。

    そのうち会議に参加するに留まらず、その銀行の方が付き合っていた、同世代の
  仲間に入れられ、夜の宴会や、定期的に夕食をしながら、当時評判の経済実務の原
  書を読む勉強会などにも誘われたりして、勉強とお酒を通じて、自然のうちに心を
  許せる人間関係を築き、夫婦同士も知り合いになり、それが一生の付き合いとなっ
  た。

    ちなみにその邦銀支店の彼は、早大マンでもあった。そして彼らの帰国より数年
  遅く帰国した私が、自分の事務所を創立した時には、既に一緒に仕事をした中なの
  で皆が信頼して仕事を任せてくれたのだった。

    サリヴァン・クロムウェル事務所で働いた後、ウォールストリートから移り、パー
  クアヴェニューにあるデバボイス・プリンプトン・ライオンズ・ゲイツ法律事務所
  に勤務することが出来るようになり、或る日本の大商社の多様な法律業務等を中心
  に仕事をした。

    更にこのデバボイス事務所は、機関投資家(保険会社等)の依頼人が多く、投資
  家側からの投資契約等を分析・検討する実務経験を得ることが出来た。
    更にその後6ヶ月程ケリー・ドライ・ウォーレン法律事務所に勤務し、保険、銀
  行業務、そしてリース取引や自動車産業に関わる法律実務に従事することができた。

    ニューヨークで3つの法律事務所で働くという貴重な経験を積んだ頃には、アッ
  という間に渡米後4年程が過ぎていった。

    1977年7月に幸せなことに、女の子をニューヨークのルーズヴェルト病院で授かっ
  た。
    サリヴァン・クロムウェル法律事務所のシニアパートナーで、私共夫婦を自分た
  ちの家族のようにイースターやサンクスギビング、クリスマスディナーに、ロング
  アイランドのご自宅に、招いてくれたマクドーウェル氏の奥様の名前“フランセス”
  を頂き、娘に“ミチコ・フランセス”と名付けた。
    彼女は米国パスポートを保有することになった。

    子供ができたことをきっかけに、妻は日本に帰国することとし、私は、単身で渡
  英することとした。

    ニューヨークで様々な実務経験を積んだものの、まだまだ世界の法律実務の勉強
  が足りないと感じていた。
    特に当時はロンドンシティを中心に行なわれていた、巨額なシンジケートローン
  や、プロジェクト・ファイナンス等を学びたいと強く思うようになり、ロンドンの
  法律家としての生活や文化にも憧れ、ロンドンに行き、働きたいと思った。
    ロンドンでそのような業務で著名だったカワード・チャンス法律事務所に勤める
  ことを決意した。

    ロンドンでは、シティの国際金融取引業務を中心に、ヨーロッパの法律業務を勉
  強すると共に、ニューヨークの友人たちが紹介してくれた、日本の銀行や証券会社
  のロンドン支店の仕事も手伝うことになった。
    そしてロンドン支店に勤務する銀行・証券・商社・TV局等の人々とのお付き合い
  が広がっていった。

    米国と英国での留学期間が5年を超え、海外で様々な実務経験を積み、これ以上
  海外で学ぶことはない、とクリスマス休暇直前に突然思い、もう日本で自分の事務
  所を立ち上げなくては、という気持ちが強くなった。
    もう30歳にもなり、海外でフラフラしていてはいけない、もう同期の弁護士達は、
  立派に成長して、バリバリ活躍しているだろう、相当差がついてしまったと思うよ
  うになった。

    そうしたら居ても立ってもいられなくなり、カワード・チャンスに許可を得て、
  急遽帰国することとした。
    クリスマスイブにロンドンのヒースロー空港から羽田行の飛行機は、あまり混ん
  でいなかった。
    日本での未来を考えると、興奮していたのかよく眠れず、その時空港で買ったジェ
  フリー・アーチャーの小説を一冊読み切ってしまったのを思い出す。

    5年振りに羽田に降りた時、英米の住居に慣れた私の目には、正直、日本は家々が
  小さくて貧しいなぁと思った。
    道路は狭く、街並みが汚いし、日本で最初の夜、父所有の伝統的な古い日本家屋で、
  畳に蒲団を敷いて寝たが、枕から見る木の板の天井、廊下、紙の障子や襖がとても貧
  弱で、みすぼらしく見えて仕方なかった・・・。
    この自分の国、貧しい国に帰ってきたのだと。


  2 帰国後の仕事

    1978年末に日本に帰国し、国内の法律事務所に籍を置きながら少しずつ日本の実務
  を学び直した後、1980年、外立法律事務所を虎ノ門に設立した。
    日本に帰って最初に困ったことは、海外では日本人との関わりを避け、外国人と意
  識的に関わるようにしていたので、社会人としての日本語が不得手だったことだ。
    なにせ国鉄の千葉駅から有楽町までの切符が買えない位に外国生活ボケしていた。
    しかし、それは徐々になんとか対応できていった。

    帰国して2~3年で、ジャンボジェット航空機のリースをやりたいから契約書を見て
  ほしい、と日本で最初のレヴァレッジ・リース取引の契約書作成の依頼があった。
    相手側から届いた契約書は、レッシ―サイドの権利ばかり規定したワンサイドの、
  数ページの薄い契約内容だった。
    期せずして、このリースという金融分野は、自分がN.Yでやってきたことだったので、
  その経験を活かし、N.Yから持ち帰った契約書を基に、リース会社側の権利も入念に取
  り込んだ40ページにわたる契約書を、3~4日間で作り上げた。

    当時は海外のフラッグシップキャリアと日本のリース会社とでは、格に差があり、
  日本のリース会社の地位は低く、かなり不利な契約でもノーと言えない状況であった。

    しかし私は世界レベルではこうだと依頼人を説得し、相手方所在のシドニーに、日
  本のリース会社の担当役員と飛んで行き、航空会社側のオーストラリア人の弁護士た
  ちに、私のドラフトした契約書を提示した。
    シドニーの弁護士たちは最初、自分たちのドラフトが排除されたことで、かなり感
  情を害したのか、顔を真っ赤にして怒っていたが、私が「一生懸命我々が用意したも
  のを、少なくとも読むのがプロフェッショナル同士のマナーではないのか。」と述べ
  たところ、「それでは、2時間程待ってくれ。」と言われ、我々が会議室でボーッと
  しているうちに、不眠不休で準備した40ページもの契約書を読んでくれた。

    相手方弁護士が読み終えて会議室に戻ってきて、開口一番「とてもフェアな契約書
  だ。これをベースにディスカッションしよう」と言ってくれ、我々のドラフトで契約
  交渉を進めることになった。
    相手の弁護士達は、一流のシドニーの弁護士で、私の用意した契約が、ニューヨー
  クのスタンダードだということが分かったのだ。

    これが、その後の航空機リース業界で広く利用されることになる、日本で最初のリー
  ス契約書のひな型と言えるものになった。
    その頃に契約書のひな型に、ビジネスパテントのコンセプトでもあれば、私はとても
  リッチになったのになぁと思う。
    この取引の仕組みは、その後、航空機以外の物件にも利用され、タックス・レヴェ
  レッジ・リース、いわゆる“かご抜けリース”と言われたものである。

    この案件がきっかけとなり、多くの航空会社やリース会社から、続々と仕事の依頼
  や相談がきて、当時はこの案件で世界中を駆け回った。
    そして今の事務所の基礎を築くことができたのだと思う。

    また、帰国後の1979年、突然イラン革命が勃発し、日本との情勢が悪くなり、日本
  の様々な銀行や進出企業の資産が、イラン国内で没収又は凍結されるという出来事が
  あった。

    銀行のトップからの要請に応え、パニックの中でなんとか対抗策を練り、日本の銀
  行がイランの資産を逆に日本で差し押さえる手法を生み出し、日本企業の財産の保全
  対策をしてもらい、危機を切り抜けたということもあった。

    ともかく30代も40代も、ずっと国際弁護士として、ダイナミックな行動を、或いは
  仕事人間、仕事中毒といった生活をしていた。
    このほかにも、某有名テレビゲーム会社の米国企業からの買収の手助けをし、その
  後日本初のMBOをやり、その会社の株式の上場を助けたりして、その会社を発展させ、
  且つそのグループ会社が情報産業として世界レベルになるための、先駆けのM&Aのお手
  伝いもしてきた。


  (2月号に続く)



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    修習生だより
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                                               第71期司法修習生   美濃部  達也


    初めまして、71期司法修習生の美濃部達也と申します。

    私は、12月の初めから一か月間、和光の司法研修所で導入修習があり、先日、
  無事終了しました。

    この導入修習は、実務修習の前に、自分自身の不足している部分に気付き、自
  学自習をすることにより、より充実した実務修習を送れるようにすることが目的
  でした。

    事実、1か月という期間でしたが、とても多くのことを学んだように思います。


    まずは、実体法や手続法といった、実務家にとっての基礎体力部分の不足です。

    導入修習の序盤に行われた即日起案を始め、様々なカリキュラムをこなしてい
  く中で、実務家にとっては当たり前に備わっていることを前提として講義も進ん
  でいきました。

    私は、特に当事者の主張分析の部分で要件事実に沿った主張整理が必要である
  にもかかわらず、実体法の知識が不十分であったために要件事実の整理が甘く、
  悔しい思いをしたことが一番印象的でした。

    実務修習の際には、絶対にこのような失敗をしないよう友人と修習時間が終わっ
  てから基本書等を片手に勉強を進め、司法試験の受験の頃よりも意識的に勉強す
  ることが出来るようになってきたなと感じました。


    次に、事実認定の重要性と難しさです。

    司法試験の際にも事実が大事と言われてきましたが、導入修習では、司法試験
  のようにあらかじめ事実が整っていることはなく、多くの証拠からこの事件はど
  のような事件であったのかを認定しなければならないという意味で、全く新しい
  視点で学ぶことが出来ました。

    当然、過去の一時点を未来からその時に残されていた証拠から判断しなければ
  ならないというのは、限界がありますし、出来る限り証拠と矛盾しない全体像を
  把握しなければならないため、多くの生の証拠を一つ一つ見ていくことはとても
  楽しく、とてもワクワクすると同時に、大変な作業だということを学びました。


    更に、言語化の重要性も改めて感じました。

    これは、事実認定にも関わるものですが、その事実が認められることで、どの
  ように証明しようとしているものにつながるのかということを述べる際に、経験
  則を用いると習い、なんとなくわかったように思っていましたが、実際に事案に
  向き合うと、この事実がなぜつながるのかということを言語化することはとても
  難しく、起案の中でも演習の各場面でもとても苦悩しました。

    途中、教官がインフルエンザにかかってしまい一時はどうなるのかと思うこと
  もありましたが、とても充実した導入修習を送ることが出来ました。

    私は、福岡修習なのですが、初めて行く地で色々な人に会い、様々な出来事を
  経験することが出来ると考えると今からとても楽しみです。

    充実した修習を送れるよう、日々楽しんで頑張りたいと思います。
                                                                      以上



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    学修支援業務受任者(アカデミック・アドバイザーおよびJDメンター)
    募集のご案内
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                                                    早稲田大学大学院法務研究科


    このたび、大学院法務研究科では、本研究科在学生および修了生に対する
  学修支援体制を強化するため、「アカデミック・アドバイザー」および「J
  Dメンター」を募集することとなりましたので、ご案内いたします。

    希望される方は、本学オンラインストレージ(下記URL)に掲載の文書「募
  集要項」をご参照のうえ、ぜひ積極的にご応募ください。
    なお応募に際しては、同オンラインストレージに掲載のフォーマット「履
  歴書書式」をダウンロードのうえご使用ください。

  ※募集要項および履歴書書式については、下記URLよりダウンロードしてくだ
   さい。
    https://waseda.box.com/s/qyfs19ao0lrgi0jtj393om9tg419d2l1

  【応募資格】早稲田大学大学院法務研究科修了生で、法曹資格を有する方
  【応募期限】2017年1月15日(月)※当日消印有効
  【問い合わせ先】大学院法務研究科事務所
          TEL:03-3208-9592 FAX:03-5286-1720
          E-mail:law-school-gakumu@list.waseda.jp



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    [講座のご案内]内田 貴 先生による民法(債権法)改正と立法過程について
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    こんにちはWASEDA NEO事務局です。WASEDA NEOでは日本橋キャンパス(COREDO
  日本橋5階)にて社会人向けの講座・プログラムを運営しています。

    この度2017年5月に成立した、120年ぶりの改正となる民法(債権法)改正法の
  成立に中心的な役割を果たされた内田貴先生(東京大学名誉教授・早稲田大学特
  命教授)に、その立法過程及びプロセスの背景を考察すべく全四回の講座を実施
  頂きます。

    民法改正法の背景を伺えるまたとない機会ですので奮ってご参加ください!

  ■タイトル
    民法(債権法)改正と立法過程~法案作成の背景~

  ■コーディネーター
    内田 貴 先生(東京大学名誉教授・早稲田大学特命教授)

  ■URL(お申込み)
    https://wasedaneo.jp/waseda/asp-webapp/web/WWebKozaShosaiNyuryoku.do?kozaId=103151

  ■スケジュール
    第1回 2018年1月23日(火)18:30~20:00 「改正の思想」
    第2回 2018年2月13日(火)18:30~20:00 「自由と規制」
    第3回 2018年3月 6日(火)18:30~20:00 「既成観念と改革」
    第4回 2018年3月27日(火)18:30~20:00 「法制審議会と法制執務」
    ※全4回1セットの講座となります(各回の講座を個別に受講する事はできません)

  ■料金
    20,000円(税抜)/人
    ※計4回分の合計金額となります

  ■開催場所
    WASEDA NEO(早稲田大学 日本橋キャンパス)
    〒103-0027
    東京都中央区日本橋1-4-1
    日本橋1丁目三井ビルディング5F(COREDO日本橋)


  ●WASEDA NEO事務局●
    [mail]info-neo@list.waseda.jp
    [TEL]03-6262-7534
    [URL]http://wasedaneo.jp



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  ご支援・ご協力のお願い
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  本学の伝統を受け継ぎ、進取の精神をもって法のもとに正義を貫く志の高い優
 秀な稲門法曹を一人でも多く育成することを念願し、法科大学院の学生のための
 奨学金として「稲門法曹奨学金」を創設し、これまで支援を行ってまいりました。

  法曹として第一線で活躍されている校友および関係者に募金を呼びかけ、これ
 まで多額の浄財が寄せられております。稲門法曹の皆様の熱意に厚く御礼申し上
 げるとともに、引き続きご支援賜りますよう、よろしくお願い申し上げます。

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        http://www.waseda.jp/folaw/gwls/alumini/support/




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