※2014年10月25日に行われた記念講演会の講演要旨を掲載致します。
「自分らしさとは何か ~ポジティブに法曹界へ乗り出そう!~」
講師 菊間千乃 弁護士 (松尾綜合法律事務所)
20年前法学部を出たときは、まさか稲門法曹会に入って、このような場でお話をするとは思ってもいませんでした。まだ弁護士丸3年、1月から4年目の私が、弁護士について、法曹界について、そんなことはとてもお話しできません。本日は、若い皆さんがこれから法曹界に乗り出していくに当たって、どんなふうに自分の人生を捉え、取り組んでいけば前向きに楽しく仕事をしていけるか、ということについて、20年間の社会人経験をもとにお話ししたいと思います。
合格イコールバラ色の人生、これは既に過去の遺物です。皆さんの前に立ちはだかっているのは先行き不透明な世界です。しかし、これを嘆くのではなく、ぜひ、自分の能力と努力によって、自分の人生を自分らしく、いかようにもデザインしていける時代なのだと前向きにとらえてほしいと思います。
これは別に法曹界に限ったことではありません。日本の社会全体がそうです。大企業もいつ倒産するか分からない、いつリストラに遭うか分からない。入ったからそれでオーケーではありません。司法試験に受かった今、そこが皆さんのスタートラインです。得た資格を持ってどう人生を歩み、社会や人のために貢献できる人間になれるかを考えなくてはいけません。
例えば、企業はなぜ毎年仕事ができない新人を採用するのか考えたことはありますか。その理由は、新入社員は既存社員にないもの、正確には既存社員が失いかけているもの-夢と希望と若さ-を持っているからです。それは会社の原動力になります。
法曹界も同じです。新人の弁護士の就職先がない、合格率が低い、ロースクールは失敗だ、等といろいろ言われていますが、それは皆さんが変えていけばいいのです。この法曹界を明るいものに変えていけるかどうかは、68期の皆さんのパワー次第です。元気を持ってポジティブに、自分たちがこの世界を変えていくのだと、世の中にアピールしていけば、これから法曹を目指す人を増やす原動力になります。一人一人がそういう思いでこれからの法曹界に乗り出してください。
私は、学部時代は奥島先生の会社法のゼミに所属していましたが、勉強は全くしていませんでした。判例百選の存在も、六法が毎年発売されるということもロースクールに入って初めて知りましたし、司法試験が何科目あるかも知りませんでした。入ってから試験時間が約4時間と聞いて、やめればよかったと思ったほどです。
私は、小学校3年生のときに「大学は早稲田」と決めていました。ロースクールも当然早稲田に行きたかったのですが、働きながら通える夜間のクラスがなかったため、夜間クラスのある大宮法科大学院を選びました。ここは、第二東京弁護士会の先生方が後輩の弁護士を自分たちが育てるという思いでつくった学校であり、日本一実務家の教員が多い学校です。そういう理念に引かれて大宮法科大学院に通いました。
アナウンサーの仕事は小さいときからの憧れで、小学校6年生の卒業アルバムに、将来の夢は「フジテレビのアナウンサー」と書きました。だから、当然定年まで勤め上げるものと思っていましたし、司法試験に受かってもそのまま会社に残って、法律の知識を持ったキャスターとか、インハウスロイヤーとか、そういう形で仕事をしたいと思っていました。
ところが、大宮法科大学院には、民事、刑事問わず世の中に報道される大事件を担当している実務家の先生が大変多く、そんな先生方のお話を聞いているうちに、法律を武器に自分が実際に戦ってみたいと思うようになりました。私の恩師が、「訴訟というのは公に認められた法律という武器をつかったケンカだ」と、すごく楽しそうに話すのを聞いて、私も単に知識として法律を学ぶのではなく、実際にそれを使って戦ってみたいと思うようになり、最終的には会社を辞める決断をし、2回目で司法試験に受かりました。
「すごいジョブチェンジですね」と言われますが、実はフジテレビに入社したときに決めていたことでもあります。フジテレビでは、毎年『未来レポート』といって、今の仕事に満足をしているか、5年後の自分、10年後の自分はどうありたいかというものを書いて人事部に提出をする制度があります。私は入社1年目に「アナウンサーを10年やったら司法試験を受けます」と書きました。ちょうど社会人10年目にロースクールができ、午前中の番組担当で、物理的に通学が可能だったこともあり、それならロースクールに通おうと決めたところから、私の人生は大きく舵を切りました。そして、今は弁護士です。
小学校3年の早稲田、小学校6年のフジテレビ、社会人1年での弁護士、目標や夢を全部かなえてすごいですねと言われますが、そんなことはありません。唯一、人と違うところは、目標を定めるのが人より早く、その内容が具体的であったというところでしょうか。
目標は出来るだけ早く、かつ具体的に立てた人ほど達成率は高いと思います。小学校の頃はさすがに思っていませんでしたが、私は自分の人生を常に10年後、5年後、1年後と遠い未来から今に引き直してきて、今何をすべきか、ということを考えながら戦略を立てて生きてきました。だから、自分がやりたい方向、なりたい方向に来れているのだと思います。是非、皆さんには自分は10年後弁護士、または裁判官、検察官としてどう生きているのか、そしてそれを見据えてこれからの10年をどう生きるか、そこから逆算して計画を立てる、自分の人生を自分で「デザイン」していくという意識を持っていただきたいと思います。
「自分らしさの見つけ方」が今日のテーマですが、まず自分の特性を知ることが大事です。そのためには、自分を客観的に分析し、自分の目指す方向をしっかり見定めることが重要です。
まずは、自己分析をしてみましょう。例えばですが、こんな性格や属性が考えられます。司法試験に上位合格、でも口下手、人と話すのは嫌い。学部時代の成績はよかった。性格的に人の悪いところばかりが目に付き、人の悪口をすぐ言ってしまう。旅行が大好き、サッカーも大好き。ただ、年齢がちょっと高く40歳を過ぎている。司法試験は3回目で合格、そして社会人経験はない。でも留学経験があって英語はぺらぺら。典型的な特性を列挙してみましたが、このような自分の性格や属性が、皆さん1人1人にもいろいろあると思います。
自己分析というのは、就職活動では当たり前にやることですが、修習生で自己分析ができていない方が多過ぎてびっくりします。何で弁護士になりたいのか、それすらまともに答えられない方が多いのです。頭がよくて、親に勧められてなりました、などと言っていては駄目です。何で弁護士になろうと思ったのか、よく考えてください。そのためにはまず自分自身がどういう人間なのか、自分を分析する作業が必須です。
まずはいろいろなことを書き出してみましょう。私は、小さいときから読んだ本や見た映画、ドラマ等を挙げて、どういうところに感動したか、どういうところに強く影響を受けたかを書き出しました。そうすると、自分はどういうことを人生の中で大事にし、どういうことに突き動かされて行動する人間なのかということが客観的に分かってきます。その自己分析をすることがとても大事です。
そして、自分の特性を書きだしたら、次にすることは、それを客観的にプラスとマイナスの事実に分けてみることです。先ほどの例で考えていくと、「司法試験に上位合格」、「学部の成績がよい」、これらは法曹界においてはプラスの事実です。「旅行が大好き」、「サッカーも大好き」、この人スポーツもできるし、勉強もできると考えられます。「留学経験もあって英語もぺらぺら」、これも非常に必要なプラス要素です。
一方、「口下手」、クライアントの前できちんと説明できない、裁判官の前で萎縮して話ができない、人と話すときものすごく緊張する。これは弁護士としてはマイナスの事実です。「人の悪いところばかりが目に付く」、このような人がチームの中にいると雰囲気が悪くなります。決して周りから褒められた性格ではありません。「年齢が高い」、私も苦労しました。年齢が高いことは客観的に見てマイナスです。「司法試験3回目で合格」、就職活動において、3回目で合格だから不採用だったという話も聞いたことがあります。「社会人経験がない」、もちろん学生は社会人経験がなくて当たり前ですが、例えば40歳の方が司法試験上位合格、でも社会人経験がないとなると、勉強してきた時間が長い分、成績が良くて当たり前、という印象を持たれる可能性もあり、マイナスの事実になります。
このように、プラスとマイナスの事実に分けたあとは、プラスの要素をアピールしていくことはもちろん、マイナスの事実をプラスに変えてアピールすることはできないか、また、マイナスの事実を謙虚にマイナスとして受け止め、プラスに変えるよう自分で努力することはできないか、と考えることが必要です。
私の場合で考えてみましょう。まず「局アナから弁護士」、これは日本で初めてのことでしたのでプラスの事実だと思います。「知名度」、どこへ行っても名前を知られている。「コミュニケーション能力が高い」、裁判所でも検察庁でもすばらしいと褒められました。「忍耐力、突破力」、やると決めたら目標に向かって一生懸命やる、それは今までの人生が物語っています。これらは客観的に見てプラスの事実だと分析しました。
一方、マイナスの事実、「年齢が高い」、今42歳、弁護士になったときは40歳でしたが、弁護士事務所ではパートナーになっているような年齢です。客観的にそんな新人は採りたくないと考えるでしょう。「司法試験は2回目の合格」、しかも上位ではなく、中間くらい。「英語」も、実務として使える英語かというと非常に疑問がある。「軽く見られる」、これはさっきの知名度と相対するものですが、アナウンサー出身ということに好意的な方がいる一方で、逆に軽く見る方もいらっしゃるので、これはマイナスの事実と考えています。あと「女性」、男女差別ということではなく、クライアントの中には、女性よりも男性の弁護士を希望されたり、何かあったときに男性の方が頼りになると考える方もいらっしゃると思います。これらがマイナスの事実であると分析しました。
では、次にこれらの事実とどう向き合っていくか。まず、プラスの事実についてですが、私の場合、自分から「局アナから弁護士」と言うのも嫌なので、自分からアピールすることはしません。
では、マイナスの事実をどう捉えていくか。「年齢が高い」、「女性」であるという事実は、客観的に見ればマイナスですが、視点を変えれば社会経験が豊富である、女性らしい細やかさがある、と置き換えることが出来ます。
私は12年間アナウンサーをやってきて、いろいろな人と出会い、度胸をつけ、現場対応力、コミュニケーション能力を身に付けました。それらはいろいろな経験の上に得たものであり、結果的に年齢は高いわけです。期が上の先輩に対しては先輩として敬意を表し、この世界で私は1年生だという気持ちでいれば、年齢が高いことは何の問題もない、むしろ「社会人経験がある」というプラスの面を強調していける要素になります。かつての業界での立場やプライドを持ち続けて、法曹界に入ってしまえば、「年齢が高い」ということはマイナス要素のままですが、自分の気持ちの持ちようで、それをプラスに変えることはいくらでもできると思うのです。
「女性」であることも、女性だからこその仕事があると思います。例えば高齢者のクライアントに対して渡す報告書では、見やすいよう文字のフォントを大きくして作成するということを心掛けているのですが、これは女性ならではの心配りのひとつだね、とボスに感心されたことがあります。訴訟の打ち合わせで深刻な空気が漂った時など、場を和ませたり、緊張をほぐしたりすることができるというのも、女性ならではの部分だと思います。
男性と肩を並べてやる必要はありません。女性にしかできないことがたくさんあると私は思います。無理に怖い顔をしたりせず、自然体でいることが結果的にクライアントにはオアシスになります。そのようなことでクライアントと少しずつ信頼関係を構築することができるということで言えば、私は女性だということをむしろプラスにアピールして仕事をしています。
あと「軽く見られる」という事実は、一所懸命日々の仕事をやっていくしかないと思っています。例えば、1年目は、必ず朝一番に事務所に行くようにしていました。どんなに夜遅くまで仕事をしても、必ず9時前には事務所に行く。同じく夜遅くまで仕事をしている中堅の先生方と一緒になって朝遅く出社すると、上の先生方から「菊間さん仕事が大変なんだな」と思われてしまう。そうすると、仕事を振ってもらえなくなって、自分がいろいろな経験するチャンスが減ってしまうと思ったんです。年齢が高いので、人より多く、早く経験しないといけない、それも自分の戦略です。そうしながら徐々に事務所の先生方の信頼を得ていけば、自然とクライアントの信頼を得ることにもつながると思います。
このように、自分の特性を整理出来たら、今度は就職先となる事務所の特性も知らなくてはいけません。例えば、人数が少ない事務所で働きたい人にとって、大手有名事務所はマイナスの事実かもしれません。自分の中で何がプラスで何がマイナスかということは、人によって違います。自分は何を重視して就職先を選ぶのか。大事なことは、自分をよく分析し、どういう場所が自分にとって楽しく仕事ができ、夢に近づけるのかという観点で探すこと、それを自分の頭で考え、自分の意志で決断してください。
大事なことは、失敗を恐れないこと、失敗をしてもあきらめないで目標に向かって進むことです。軌道修正はいつでもできます。年齢も関係ありません。誰のせいにもしない、全て自分の人生なのだから自分で考えて行動してください。
一人一人の価値観は違います。よって目指すキャリアが違って当たり前です。それを皆と一緒でいいやという生き方をしていると、自分が目指していた方向と全く違う方向に人生を歩むことになりかねません。先行き不透明な時代だからこそ、自分で一つ一つ考えて選択してください。
もう一つ。法律家というのは、存在自体が社会から一定の評価を受けて信頼をされている職業であるということです。その信頼を裏切ってはいけないと思いますし、これから法曹界に入る皆さんには、歴代の先輩方が培ってきたその歴史を担う重責を持っているということも感じてほしいと思います。
最後に皆さんにお伝えしたいことは、何より自分が楽しく仕事ができることが一番ですから、絶対に嫌だと思うことはやらないでください、ということです。裏を返せば、それほどでもないことは3年間つべこべ言わずに頑張ってやってみてください。まさに「石の上にも3年」です。そのぐらいやらないと、いろいろなことが見えてきません。きっと、その間に次の戦略が見えてくると思います。
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菊間 千乃 (きくま ゆきの) 弁護士
経歴
平成7年3月 | 早稲田大学法学部卒業 |
平成7年4月 | 株式会社フジテレビジョン入社 アナウンス室配属 |
平成17年4月 | 大宮法科大学院大学入学(夜間主) |
平成19年12月 | 株式会社フジテレビジョン退社 |
平成21年3月 | 大宮法科大学院大学修了 |
平成22年9月 | 司法試験合格 |
平成22年11月 | 司法修習生採用(新64期) |
平成23年12月 | 司法修習修了 |
平成23年12月 | 弁護士登録(第2東京弁護士会) |
平成24年1月 | 弁護士法人松尾綜合法律事務所入所 |
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